「歯の接触癖(TCH)」ってなに?

東京都新宿区「石田歯科医院」院長石田徹先生に聞いてみました。

Tooth Contacting Habit (TCH)とは 1日のうち20分以上、上下の歯が触れていること

TCHの問題点

  • あらゆる歯科疾患の因子となる
  • 弱い長時間の咬合力が歯と歯周組織にダメージを与える
  • 無意識に行うため自覚するのが難しい

THCを早期に解決しておくことは歯の寿命に大いに寄与する

口腔内に表れる所見

1)粘膜→歯の圧痕(頬粘膜咬合線、舌圧痕)

2)歯→摩耗・楔状欠損・破折・動揺・ヒビ・咬合痛・知覚過敏(しみる)

3)歯周組織→歯周病の進行・骨隆起・歯根膜腔の拡大

4)補綴物→脱離・破損・穴・セラミックのチッピング・入れ歯の当たりがとれない

口腔外に表れる所見

5)顎骨→顎関節症・下顎頭の変形・下顎角肥大化

6)頭頸部→肩こり・頭痛・胸鎖乳突筋の痛み

治療方法

1)根本療法→行動療法

2)対症療法→マイオモニター・筋膜リリース

【TCH(歯の接触癖)】とは           

平野)Tooth Contacting Habit (歯の接触癖)は、いつ頃発見されたのですか?

石田doctor)TCH(歯の接触癖)は、2000年ごろに、東京医科歯科大学病院顎関節治療部の木野孔司先生が提唱しました。顎関節症患者の50%にTCHがみられたことから、研究が始まりました。そして上記に記したようにその弊害が多岐にわたる事が分かってきました。

平野)歯並びとの関係性はありますか?

石田Dr.)歯並びや不正咬合とはあまり関係ありません。

平野)TCH(歯の接触癖)を治すことで、就寝時の歯ぎしりも治りますか?

石田Dr.)それに関してはよく分かっていないようです。ただ、歯ぎしりや喰いしばりは短時間なので、より長時間にわたる接触癖の方が影響は大きいのです。

平野)無意識の状態で上下の歯が触れていると、「1日のうち20分以上上下の歯が触れている」という目安が認識しづらいのですが・・・

石田Dr.)まさに、無意識、無自覚のことが問題で、それを変えるための行動療法が必要なのです。貼り紙法やスマホのバイブレーション機能、チャイムを一定の時間おきに作動させ気づかせる必要があるのです。

平野)なるほど。付箋紙などに「歯」と書いてパソコンや洗面所などに貼って気づかせたりするといいわけですね。

平野)よく子供がぽか~んと口を開けているのは、実は良いことですか?

石田Dr.)唇は閉じてないといけません。唇は閉じてないと、口腔内が乾燥するので、よくないです。

平野)「噛む」と「接触癖」は全く別のことでしょうか?

石田Dr.)「噛む」ということは食べ物が介在するので、直接歯と歯が触れることはありません。「接触癖」は長時間または短時間でも歯と歯が接触していることで歯根膜が圧迫されることが問題なのです。開口筋が、固まった閉口筋を伸ばせなくなると、口が開かなくなったり、筋膜痛が起きたり顎関節の位置を偏位させたりします。これも顎関節症の一つです。更に開口筋の硬直が首、肩周りの筋を引っ張り、肩凝りなどにつながる可能性があります。

平野) なるほど。はじめは顎関節の「こり」程度だったのが、顎関節症へと悪化して、体への影響がどんどん広がっていくわけですね。

(以下、石田先生に詳しくお尋ねしました。少し長くなりますが興味深いお話です。どうぞご一読ください。)

【TCH(歯の接触癖)の影響】  

石田Dr.)骨というのは「力」によって活性化します。弱い力が掛かると骨が出来てしまう。例えば鍛え上げたスポーツ選手の足(脚)の骨が太いとか、逆に無重力状態の生活の宇宙飛行士の骨がスカスカになっちゃうとか。骨に「負荷が掛かると石灰化する」→「太くなる・大きくなる」となっていく。だから常に歯に負荷(TCH歯の接触癖)が掛かっていると口腔内に骨が出来てくる。

平野)私、あります。右の下の奥にポコッと出ていてなんだろうってずっと思っていた。もう20年以上前から。これは骨ですか!

石田Dr.)はい、それは右側を噛んでいる証拠です。

平野)え!右側を噛んでいるんですね。自分では左だとずっと思っていました。

石田Dr.)TCH(歯の接触癖)歯と歯が接触しているので、摩耗してすり減ってしまいます。歯の治療をしてかぶせたものがTCH(歯の接触癖)ですり減って穴があいてしまったり、自分の歯も減るくらいだから、長時間負荷が掛かれば、穴もあいて、詰め物も欠けたり、ヒビが入るわけです。そしてヒビから虫歯になる人もいるわけで、一番最悪なのは根っこが割れてしまう。そうなると抜歯しなければならなくなってしまいます。

平野)なるほど。三叉神経痛の治療をしている患者さんで、歯にヒビが入って、根っこまで影響を受けていて治療を受けているという方がいらっしゃいます。患部と三叉神経痛との関連が強いと私は思っています。歯の治療が進み、だいぶ三叉神経痛の痛みも減ってきています。

石田Dr.)これまで虫歯と歯周病をなくして歯を残そうといろいろと取り組んできたけど、TCH(歯の接触癖)が解決しないといけないんですよ。

平野)そうですよね。 

石田Dr.)昔は「歯ぎしり・食いしばり」が悪いって言われていたけど、TCH(歯の接触癖)は「弱い・長い接触」というのが概念だから今まであまり注目されていなかった。

平野)これほどに歯に影響が出るとは思われていなかったわけですね。

石田Dr.)顎関節症を調べていくと、かなり大きなパーセンテージでTCHが影響していることがわかりました。顎関節症の原因はTCH(歯の接触癖)じゃないかと思います。弱い力で持続していると、筋肉が疲労する自覚がない。

平野)はい、歯に限らず、肉体全般に言えることです。

石田Dr.)臨床例で、ある患者さんが「歯が揺れる」という症状で治療にいらしたことがありました。30年以上前です。ちょっと歯周病があって、入れ歯もある患者さんで、治療で「揺れる」以外の症状は良くなったのですが、その「歯の揺れ」がなかなか止まらなかったのです。そうこうしているうちに年月が流れ、「TCH(歯の接触癖)」という概念が解ってきて、試しに30分毎に携帯のバイブレーションのタイマーをかけて、触れてたら×、触れてなかったら〇でチェックしてもらいました。まず1週間。かなり触れていたことがわかりました。 「触れていた」と自覚した場合は、(歯と歯を)離して、脱力して、深呼吸をするというのを続けてもらい、チェック表を付け続けて、1週間、2週間と3ヶ月経過したら少しずつ減ってきました。そして、驚いたことにTCH(接触癖)が減った後は増えないんですよ。TCH(歯の接触癖)のチェックをしながら歯の揺れを検査したら、ほとんどなくなっていました。

平野)それはすごい結果がでましたね。何十年と悩んでいたことが、その3ヶ月で改善された!

石田Dr.)そう、患者さんが付けていたデータがあると、はっきりと効果が出ていました。その後もチェックシートを付けていて、今は始めた頃の10パーセントくらいまで減りました。そうなると、いろんな症状が緩和してくることがわかったんです。

平野)ご本人もずいぶん楽になっていますね。

石田Dr.)そうそう!ただね、これで肩こりや、緊張型頭痛があるということはまた別の問題になってきます。

平野)石田先生からTCH(歯の接触癖)のレジメをいただいて、自分もチェックしてみました。やはり知らないうちに歯が触れていましたね。自覚症状は慢性左側頭部偏頭痛です。 薬を飲むほどではないのですが、疲れや寝不足、気圧の変化の時に症状が出ていました。TCH(歯の接触癖)を注意して歯が触れないようにしていたら、少しずつ片頭痛が減ってきています。

【改善のための行動療法】 

石田Dr.)「歯を離して、深呼吸して、脱力する」このパターンを作るのが大切で、このルーティンを癖付けると体が覚えていきます。この「行動療法」がとっても重要で、ただ歯を離すだけじゃなく、行動として取り入れることが大切です。

平野)こういう情報は石田先生の歯科医院に通っている患者さんは教えてもらえます。まさかTCH(歯の接触癖)が肩こりや緊張型頭痛、顎関節症、他いろいろな症状を引き起こすとは、なかなか結び付かない。

今回、石田先生にTCH(歯の接触癖)のお話を伺うきっかけはここにありました。 

治療院に来られる患者さんで毎回同じ症状を訴えて、治療後はしばらくいいけど、治療を受けないとまたぶり返す、この繰り返しで何年も通われている方がいます。生活の中での癖、まさしくこのTCH(歯の接触癖)が改善されれば症状を緩和できる可能性が高いですよね。

石田Dr.)そういうことです。

平野)やっかいなのは、このTCH(歯の接触癖)は自覚がない。今、家で仕事をする人も多いですし、TCH(歯の接触癖)はストレスも大きく関係していると思います。TCH(歯の接触癖)の改善は自覚をして、自分でチェックをしてみること。まずはここからですね。

石田Dr.)自分でしかやれないことなんですよ。

平野)そうですね。やり続けていけば、必ず効果がでることが分かっているわけです。

石田Dr.)そういうことです。TCH(歯の接触癖)があって、顎関節症になる理由は、咀嚼筋って「噛むための」強い筋肉で、顎骨と頭蓋骨に付いています。逆に「開口筋」は弱い筋肉です。開けるだけでいいから弱くて十分機能を果たします。でも、TCH(歯の接触癖)で咀嚼筋が筋肉疲労になって硬直すると、開口筋がその分頑張らないといけない。でも弱い筋肉だからお互いの筋力のバランスが取れなくなってしまう。それがどんどん開口筋に負荷がかかってひどくなっていくと顎関節症になっていく。「口が開かない」というのはそういう状態です。咀嚼筋を緩めるだけで口がパカッと開いちゃう。よく口を開けると音が鳴るという人がいますが、それも咀嚼筋がギューと締まっているから軟骨が潰れているんです。それも緩めてあげれば、音も鳴らなくなって楽になります。

平野)なるほど。開口筋って意識していませんでしたが、あくびで顎関節を痛めることがあります。

石田Dr.)うん、口を開けるというアクションで、首や肩など周りの筋肉を連動して、筋肉の緊張の連鎖が起きているという考え方があるわけです。

平野)こう言っては失礼ですが、歯と首や肩の筋肉との連動を考えて治療をされている歯科医って少ないと思うのですが、なぜ先生はそこにこだわってきたのか教えていただけますか。

【TCH(歯の接触癖)と顎関節症】

石田Dr.)実は、卒論で「顎関節症」で書こうと思ったくらい最初(歯科学生)から興味を持っていました。ずっと臨床を続けてきて、顎の関節や顎の位置とか噛み合わせを意識していて、いろんな講演を聞いてきました。7~8年前に日本歯科の顎関節症外来の先生の話で「原因は筋肉ではないのか」と。筋肉からのアプローチをしていくと、いろいろと解決していきました。ここで(石田歯科医院)1時間くらいマッサージしていくと口が開くようになって帰っていきます。歯は全く治療していない。というか、歯や神経、レントゲンを撮っても異常がないので、治療は必要ないわけで。そして、やっとTCH(歯の接触癖)という話が出てきたという流れになって、やっと根本的な原因じゃないかなと思っています。

平野)ではマッサージはTCH(歯の接触癖)の治療じゃないってことですね。

石田Dr.)そう、根本治療じゃなくて、症状が出ないようにマッサージをします。筋肉が固まっているのを緩めてやらないと顎関節は治りません。顎関節を緩めたうえで、TCH(歯の接触癖)の症状を無くすためには「行動療法」しかない。

平野)TCH(歯の接触癖)の重軽症の度合いは人によって違うと思いますが、どのようにして調べるのですか。

石田Dr.)唇を閉じて歯を離せない人、歯を離そうとすると唇も開いちゃう人、こういう人は重症でなかなか治りにくい。

平野)当然顎関節との関わりも関係していますね。

石田Dr.)勿論あります。顎関節って特有な関節で、一か所に左右に関節がある場所は体中探してもここだけ(顎関節)です。

平野)就寝中の歯ぎしりも当然歯に良くないと思いますが、マウスピースをすることでTCH(歯の接触癖)の症状を軽減することはできますか。

石田Dr.)TCH(歯の接触癖)の予防には効果はないでしょう。マウスピースの役割として、歯ぎしりの歯のすり減りは予防できます。歯に対する力の強さの違いとして、弱い接触のTCH(歯の接触癖)の延長線上に歯ぎしりがあるという位置づけになります。

平野)枕の高さも関係しますか。

石田Dr.)できるだけ低い枕が良いと思います。

平野)頬杖も良くないですよね。

石田Dr.)はい、良くないです。それだけで接触しています。

平野)咀嚼の癖、左右どちらか片側だけでずっと噛んでいるのはどうでしょう。

石田Dr.)う~ん、それは、右利き左利きの人がいるのと一緒で、それほど悪いということは無いと思います。ただ、口腔のトラブル(虫歯や歯肉炎等)で片噛みになっているのはちゃんと治療してコンディションを整えるのは必要です。

【TCH(歯の接触癖)とストレス】 

平野)ストレスとの関連はどうお考えですか。

石田Dr.)もちろん大いにあると思っています。ストレスによって緊張物質が増えて、交感神経への影響はあると思います。じゃあストレスをどうするかっていうと難しい問題だと思います。

平野)ストレスがきっかけとなってTCH(歯の接触癖)が始まる方も多いと思います。まずは「気づく」ことが大事ですね。この行動療法は、機械を使うわけでもなく、誰かにやってもらうわけでもなく、自分でできるというところがいいですね。いつでもどこでも。

石田Dr.)そうそう。お金がかからない(笑)

平野)そうですね(笑)

石田Dr.)そして一度TCH(歯の接触癖)が改善されたら、もう体は覚えているから、もう意識しなくても自然と治っています。無意識に接触を離すという反射が出来ています。まあ何かのきっかけで戻る可能性はあるかもしれないけど、少し意識をすればまた改善されます。一生頑張らなくても大丈夫です。

【TCH(接触癖)を臨床に取り入れるために】 

石田Dr.)このTCH(歯の接触癖)を臨床にどう取り入れるのをどうやっていくかが難しくて・・・。TCH(歯の接触癖)を知るというきっかけもあるし、無意識で困ってもいないと、自覚がないので気づけないよね。

平野)そうそう、気づかない。ではきっかけ作りはどのようにされているのですか?

石田Dr.)顎関節症の患者さんに説明をするところから始めます。なぜ口が開かなくなったかを筋肉の話からTCH(歯の接触癖)の説明をして、顎・首・頸部・肩のマッサージをしたり、マイオモニター(※)を使用していきます。

平野)自覚が有ればまず間違いないですし、自分がTCH(歯の接触癖)だと疑ってみて、チェックをしていくと相当な確率でTCH(歯の接触癖)の患者さんが出てくるのではと思います。残念ながらストレスの多い生活の中で、マスクをする時間も長くなり、口を開ける行為が最小限になってきているのは否めません。

石田Dr.)TCH(歯の接触癖)で、顎関節症以外の症状を挙げると、肩凝りや偏頭痛、胸鎖乳突筋の痛みなど。また緊張型頭痛というのは、他の筋肉のトリガーポイント(※2)関連痛だからね。例えば僧帽筋の前縁とか、胸鎖乳突筋とかのコリがあった時に、その症状の関連痛で出てきます。

平野)慢性的なコリは、日常的な動作でコリを作っていることが多く、同じ場所にコリが溜まって、結果的に緊張型頭痛となって症状になるのです。

石田Dr.)マッサージをしているときに、急に頭が痛くなってくることがあって、まさしく関連痛ですよ、頭は触ってない。

平野)マッサージで筋肉がほぐされ、血管が拡張され、急に血流が良くなって結果頭痛が起こったわけですね。鍼灸の治療でも、手指を揉んで、歯の痛みを和らげたり、腰痛をふくらはぎで治療したりします。

石田Dr.)マッサージをして患者さんの反応を観察していると非常におもしろいです。実際まだまだTCH(歯の接触癖)の治療は浸透してなくて、これからもっと知ってもらいたい。一生自分の歯で食べていくためにも、とっても大事なことです。ただね、この治療法は、カウンセリングが主になるのでお金にならない。だから広まらない。

平野)患者側としたらありがたいことですよ。(笑)

石田Dr.)うん、そうそう。(笑)

石田先生との対談を終えて】 

私自身もTCH(歯の接触癖)があった経験者として、とても興味深いお話でした。TCH(歯の接触癖)から現れる諸々の症状は、顎関節症・偏頭痛にはじまり、慢性化してくると体への影響はどんどん広がっていきます。

自分の歯で一生食べていくためにはTCHを改善するのが近道だと思いました。 これからの対策として、たくさんの人にTCH(歯の接触癖)を知っていただきたいと思います。まずは一度、TCH(歯の接触癖)があるのではとチェックしてみることから始めてみてください。

【TCHコントロール】                         

①生活の中で、目に付きやすい場所や動線上(例:洗面所、デスク、パソコン、トイレなど)に「歯」「TCH」などと書いたメモを張っておく。または時間を区切ってタイマーを掛けて歯と歯が接触しているかをチェックする。      ②歯が接触していたら、一気に息を吐きだしながら開口して歯列を離し、脱力&リラックスする。

(※)マイオモニターとは、歯科用のTENS(Transcutaneous Electric Neural Stimulation;経皮的電気神経刺激)装置である。
 下顎切痕(下顎頭と筋突起の間の窪み)上部の皮膚に貼られた電極からの電気刺激により,その直下を走行する下顎神経を刺激する.それによって下顎神経支配領域の咀嚼筋に対し生理的な代謝を促すことで,筋リラクゼーションをもたらす.主な作用筋は咬筋,側頭筋,内側翼突筋,外側翼突筋,顎二腹筋前腹などである.

(※2)トリガーポイント: Trigger point)とは、圧迫やの刺入、加熱または冷却などによって関連域に関連痛を引き起こす体表上の部位のことである[1]。トリガーポイントは単なる圧痛点ではなく、関連痛を引き起こす部位であることに注意が必要である。平たく言えば、患者が指摘する最も凝りの強い部位、あるいは痛みが存在する部位で、しかも圧迫により痛みが周囲に広がる部位と考えられる。トリガーポイントの留意点としては、疼痛を自覚している部位に多くは存在するけれども、かけ離れた部位に見いだされることもある点である。[2]なお、トリガーとは「引き金」の意味である[3]。そのため、発痛点(はっつうてん)とも呼ばれる[4]